パテントコラム

2024年4月

【Topic.1】判例紹介:「流体供給装置」事件

本件の事件番号は、令和4年(ネ)第10044号で、判決は、知的財産高等裁判所第3部により、令和3年6月28日に言い渡されました。
本件は、「流体供給装置及び流体供給方法及び記録媒体及びプログラム」の特許第4520670号(本件特許)の特許権(本件特許権)に基づく特許権侵害損害賠償請求控訴事件(二審)です。一審の東京地方裁判所(平成29年(ワ)第29228号)では、均等侵害が認められたところ、一審原告(特許権者)及び一審被告の双方が控訴したものです。
本件特許の請求項1の発明(本件発明)は、ガソリンが流体として上位概念化されているものの、セルフガソリンスタンドにおける記憶媒体(電子マネー)を用いた所定の態様の給油に対応しています。ここでの所定の態様は、先引落しに係るものです。先引落しは、給油の前に、電子マネーの金額データが示す金額以下の金額について、給油のための入金データとして取り込んで、「金額データ-入金データ」を新たな金額データとして電子マネーに書き込むものです。つまり、実際に給油する前に、所定の金額が先に電子マネーの金額から一旦引き落とされます。所定の金額は、一般に、先引落し前の電子マネーの金額以内ではあるものの、例えば80リットル相当額といったように、多めに設定されているようです。先引落しに係る入金データの金額(先引落し額)は、給油後に精算されます。即ち、先引落し額から、実際に給油されたガソリンの量に相当する料金を差し引いた金額が、既に先引落しされた電子マネーの金額データに加算されます。
これに対し、一審被告に係る電子マネーをタッチ可能なリーダライタを有する給油装置は、電子マネー払いが選択された場合、次のような動作を行います。即ち、給油前の顧客の電子マネーの1回目のタッチにより、電子マネーの残額を読み取り、その後当該残額の範囲内における顧客の給油量又は給油金額の選択を受け付け、更に電子マネーの2回目のタッチにより、電子マネー媒体の残額から、選択された給油量に対応した支払金額又は選択された給油金額を引き去って、電子マネー媒体にその引去後の残額を書き込んで、顧客の選択内での給油を可能とします。そして、選択した給油量又は給油金額に満たない給油量又は給油金額で給油を終了した場合には、顧客による返金ボタンの操作後、3回目のタッチを受け付けて、電子マネーの残額が返金金額(選択した給油量又は給油金額に照らし給油しなかった分に相当する額)を加算した後の残額となるように電子マネー媒体に残額を書き込みます。
本件発明に係る先引落しの構成要件は、次の通りです。
「前記流体の供給開始前に前記記憶媒体読み書き手段により読み取った記憶媒体の金額データが示す金額以下の金額を入金データとして取り込むと共に、前記金額データから当該入金データの金額を差し引いた金額を新たな金額データとして前記記憶媒体に書き込ませる入金データ処理手段」
但し、本件発明では、電子マネーに係る記憶媒体として、磁気プリペイドカード(【0033】)の他、「金額データを記憶するためのICメモリが内蔵された電子マネーカード」(【0070】)や「カード以外の形態のもの、例えば、ディスク状のものやテープ状のものや板状のもの」(【0071】)が想定されています。
そして、本件発明が解決する、給油前にプリペイドカードをカードリーダライタに挿入し、給油後に料金が引き落とされて(後引落し)プリペイドカードが返却される(媒体預かり)従来技術の課題として、次の3つの課題(3課題)が【0005】~【0007】で挙げられています。即ち、①プリペイドカードがカードリーダライタに挿入されてしまうと、外部からプリペイドカードが見えないため、給油終了後にプリペイドカードを挿入してあるのを忘れてしまい、プリペイドカードを置いたまま給油所から退場してしまうおそれがある、②プリペイドカードが給油中の計量機に設けられたカードリーダライタに挿入されている場合、その間に例えば飲み物の自動販売機等にプリペイドカードを挿入して飲み物を購入するなどの他の用途にプリペイドカードを用いることができず不便である、③プリペイドカードの一部がカード挿入口からはみ出した状態で給油開始されるように構成された方式では、給油終了後のカード忘れが防止される反面、給油中にプリペイドカードを引き抜くことができるため、プリペイドカードが盗難にあう可能性があり、運転者が計量機から離れられない。
これに対し、一審被告の給油装置では、電子マネーとして非接触式ICカード(Felica)が用いられています。

均等侵害が認められた一審判決において、先引落し及び電子マネーの記憶媒体の構成要件は、争いがないものとして扱われました。一審被告は、一審答弁書において、これらの構成要件の充足を「認める」としたからです。
この点、本件二審では、一審原告が、これらの構成要件の充足に係る自白の成立を主張して、当該充足の撤回が認められるべきでないと主張しましたが、本件二審判決では、一審被告は、認否の項の後の主張の項において、給油装置がこれらの構成要件とは異なる旨の主張をしていることから、当該自白の成立を認めませんでした。

そして、本件二審判決では、先引落しの構成要件について、給油予定量とは何ら関係なく、担保としての先引落し額が決定されるものであると評価し、本件発明は、顧客が先引落し額を決定するという構成を想定していないものと解される、と判示しました。
他方、一審被告の給油装置では、給油前に引き落とされる金額は、顧客が利用に際して指定する給油予定量に対応した給油予定金額であり、担保ではなく給油代金そのものであって、顧客の意思と関わりなく決定されないものである、と認定しました。
そして、本件発明と給油装置とでは、先引落し金額が有する意味合いが全く異なり、給油装置においては、先引落し金額を、本件発明の先引落しの構成要件が想定しない、顧客が定めるものとなっているから、給油装置は、本件発明の先引落しの構成要件を充足しない、と判示しました。

更に、本件二審判決では、電子マネーの記憶媒体の構成要件について、本件発明の記憶媒体は必ずしも磁気プリペイドカードに限定されないが、媒体預かりと後引落しとの組合せによる決済を想定できる記憶媒体でなければ、上記3課題が生じることはなく、本件発明の構成によって課題を解決するという効果が発揮されたことにならないから、上記の組合せによる決済を想定できない記憶媒体は、本件発明の記憶媒体には当たらない、としました。
そして、給油装置で用いられる電子マネー媒体は非接触式ICカードであるから、物としての電子マネー媒体を給油装置が預かる構成は想定し難く、給油装置において用いられている電子マネー媒体は、3課題を有するものではなく、本件発明による解決手段の対象とならないのであるから、本件発明の記憶媒体には当たらないというべきである、と判示しました。

本件判例では、近時の傾向に従い、発明の課題を重視するものとなっております。特許権行使前には、課題を鑑みた検討が極めて重要になると言えます。