パテントコラム

2025年4月

【Topic.1】判例紹介:「コメント配信システム」事件最高裁判決

2023年12月に紹介しました本事件の知財高裁大合議判決(令和5年5月26日、令和4年(ネ)第10046号)では、一審判決と異なり、一審被告の行為は、システムにおける一部のサーバが日本国外の米国に存在したとしても、一審原告に係るコメント配信システムの特許発明におけるシステムの生産に当たり、一審被告による一審原告の特許権侵害を認めました。
即ち、知財高裁は、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、生産に該当するか否かについては、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、生産に該当すると解するのが相当である、との規範を定立し、この規範を一審被告の行為に当て嵌めて、一審被告の行為は特許発明のシステムの生産に該当すると判示しました。

この判決後、一審被告は、最高裁判所に上告し、上告受理申立て理由のうち次の理由が最高裁判所に受理されていました(令和5年(受)第2028号)。
即ち、一審被告(上告人)は、我が国の領域外で本件システムを構築するための配信をする行為をしているにすぎず、又本件システムの一部は我が国の領域外にあることからすると、本件配信が、本件システムを構築するものであるとしても、特許権についての属地主義の原則に照らし、我が国の特許権の効力が及ぶ行為に当たらないというべきであるのに、本件配信により本件システムを構築する行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たるとした原審の判断には法令の解釈適用の誤り及び判例違反がある、との理由です。
尚、ここでの判例違反における判例は、我が国の特許権の効力が我が国の領域内においてのみ認められるという属地主義に係る、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決のようです。

そして、この度、本件の最高裁判所の判決が出ました(令和7年3月3日、第二小法廷)。
当該最高裁判決は、次のように判示して、上告を棄却し、一審原告(被上告人)特許権の侵害を認めた二審の知財高裁判決を維持しました。

電気通信回線を通じた国境を越える情報の流通等が極めて容易となった現代において、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、また、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合に、我が国の領域外の行為や構成を含むからといって、常に我が国の特許権の効力が及ばず、当該システムを構築するための行為が特許法2条3項1号にいう「生産」に当たらないとすれば、特許権者に業として特許発明の実施をする権利を専有させるなどし、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に沿わない。そうすると、そのような場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解することを妨げる理由はないというべきである。

本件配信は、プログラムを格納したファイル等を我が国の領域外のウェブサーバから送信し、我が国の領域内の端末で受信させるものであって、外形的には、本件システムを構築するための行為の一部が我が国の領域外にあるといえるものであり、また、本件配信の結果として構築される本件システムの一部であるコメント配信用サーバは我が国の領域外に所在するものである。しかし、本件システムを構築するための行為及び本件システムを全体としてみると、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末を使用するユーザが本件各サービスの提供を受けるため本件各ページにアクセスすると当然に行われるものであり、その結果、本件システムにおいて、コメント同士が重ならないように調整するなどの処理がされることとなり、当該処理の結果が、本件システムを構成する我が国所在の端末上に表示されるものである。これらのことからすると、本件配信による本件システムの構築は、我が国で本件各サービスを提供する際の情報処理の過程としてされ、我が国所在の端末を含む本件システムを構成した上で、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであり、当該効果が奏されることとの関係において、前記サーバの所在地が我が国の領域外にあることに特段の意味はないといえる。そして、被上告人が本件特許権を有することとの関係で、上記の態様によるものである本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情もうかがわれない。そうすると、上告人は、本件配信及びその結果としての本件システムの構築によって、実質的に我が国の領域内において、本件システムを生産していると評価するのが相当である。
以上によれば、本件配信による本件システムの構築は、特許法2条3項1号にいう「生産」に当たるというべきである。

つまり、本件最高裁判決では、サーバと端末とを含むシステムについて、当該システムを構築するための行為の一部が電気通信回線を通じて我が国の領域外からされ、当該システムの構成の一部であるサーバが我が国の領域外に所在する場合であっても、システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるときは、これに我が国の特許権の効力が及ぶと解すべきである、としました。
又、本件最高裁判決では、本件配信による本件システムの構築は、我が国所在の端末で本件各発明の効果を当然に奏させるようにするものであること、及び、本件配信やその結果として構築される本件システムが、被上告人に経済的な影響を及ぼさないというべき事情がうかがわれないこと、が評価されました。

インターネット等の国際通信が発達した今日において、システムの一部が単に外国にあるだけでシステム特許の非侵害となる結論は一般的には受け入れられ難いものと思料します。一方で、システムの全ての要素が外国にある場合に、日本の特許権による当該システムへの権利行使を認めることは、属地主義の観点から妥当ではありません。
本件最高裁判決では、“システムを構築するための行為やそれによって構築されるシステムを全体としてみて、当該行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たると評価されるとき”という規範の下、構築されたシステムにおける我が国の端末での効果の発揮、及び構築されたシステムにおける経済的な影響の波及を考慮して、特許権侵害を判断しています。
行為が実質的に我が国の領域内における「生産」に当たるとの評価の有無の境界線はどこにあるのか、又「生産」に当たると評価するための、構築されたシステムによる我が国での効果の発揮、及び経済的な影響の波及の要件は、「且つ」なのか「又は」なのかあるいは例示なのか、といった詳細な不明点は未だ存在しますが、一定の規範が判例として示されたことは一歩前進であるものと思料いたします。
尚、経済産業省の産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会では、国際的な事業活動におけるネットワーク関連発明等の適切な権利保護について話し合われているようであり、要素の一部が外国にあるシステムの特許発明に係る日本での「生産」について、将来何らかの基準等が公表されるかもしれません。
かような基準等が公表されるのならば、不明点について更に明らかになるため、好ましいと思料する次第です。