2025年12月
【Topic.1】判例紹介:「電気絶縁ケーブル」事件知財高裁判決
特許出願の拒絶査定不服審判でなされた進歩性欠如に係る審判請求不成立審決(本件審決)について、特許出願人(審判請求人)が取消を求めた拒絶審決取消訴訟において、本件審決が取り消された事例として、「電気絶縁ケーブル」事件知財高裁判決を、なるべく簡潔に紹介いたします。
本件の事件番号は、知的財産高等裁判所令和3年(行ケ)第10082号であり、判決は令和4年5月31日に言い渡されています。
本件に関連する特許出願は、特願2019-166439号であり、4世代全5件にわたる直列の分割出願群における最後の分割出願であって、進歩性の判断時となる最も古い親出願(高祖父母?)の出願日、即ち原出願日は、平成25年5月1日です。又、本件審決の審判は、不服2020-6043号です。
≪本願発明≫
本願の審判での拒絶理由通知に対する補正後の請求項1の発明(本願発明)の抜粋は、次の通りです。参考のため、本願の図3を併記すると共に、本願発明の記載に符号を付加します。

「・・・電動パーキングブレーキ用の2本の第1のコア材(4)と、アンチロックブレーキシステム用の2本の第2のコア材(32)と、によって形成されたコア電線(1A)と、前記コア電線のみを巻くテープ部材と、前記テープ部材上に形成された被覆層(7)と、を備え、・・・る、電気絶縁ケーブル(30)。」
≪本件審決における本願発明の進歩性の判断の要点≫
本願発明は、特開昭62-122012号公報に記載された発明(引用発明)に対し、相違点3等を有する。(尚参考のため、当該公報の第1図を右に示します。)

相違点3は、本願発明は「前記コア電線のみを巻くテープ部材」を有するのに対し、引用発明はそのような特定がなされていない点である。
相違点3について、例えば耐熱や撚り線の押さえなどを目的として、撚り合わされて形成されたコア電線とシースとの間にテープ部材を配置することは、様々な用途や目的のケーブルにおいて用いられる周知技術であるので、引用発明においても、「前記両線心10、20は、信号用線心20の2束の撚線が互いに接すると共に、2本の電源用線心10がそれぞれ信号用線心20による2束の撚線に接するように配置された状態で一体に撚り合わされ」たものの外周をテープ部材で巻くように構成することは、当業者が容易になし得るものである。
≪本件判決の要点≫(下線は筆者)
本件原出願日の時点における工業用の電気絶縁ケーブルの技術分野においては、撚り合わせたコア電線を押さえたり、耐熱性を持たせたりすることなどを目的として、コア電線にテープ部材を巻くことは周知技術であり、その結果としてコア電線とシースとの間にテープ部材が配置されることも周知技術であったと認められる。
そして、引用発明は、工業用の電気絶縁ケーブルに関する発明であり、上記周知技術と技術分野を共通にすることからすれば、甲1公報に接した当業者は、複数の線心をシースで覆う構造である引用発明に対して上記の周知技術を適用し、撚り合わせた複数の線心をテープ部材で巻き、その結果、コア電線とシースとの間にテープ部材が配置される構成とすることを動機付けられるものといえる。
しかしながら、本願発明は、被覆層を除去してコア電線を露出させる作業の作業性に関し、コア材の外周面に粉体が塗布された従来のケーブルには、コア材を取り出す作業の際に粉体が周囲に飛散し、作業性が低下してしまうという課題があったことから、コア電線と被覆層との間に、コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材を備える構成とすることにより、テープ部材を除去することによって容易にコア電線と被覆層とを分離することができるようにして、上記課題を解決しようとする点に技術的意義を有するものである。
他方で、引用発明は、線心の取り出しを容易に行うことができるようにすることを課題の一つとする発明であり、この点で本願発明と課題を共通にするものといえるが、電源用線心及び信号用線心の外周をシースで覆うのみの形で被覆する構成とすることによって上記課題を解決しようとするものであり、本願発明とは課題を解決する手段を異にするものといえる。
このように、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。加えて、甲1公報をみても、引用発明の効果を犠牲にしてまで両線心をテープ部材で巻くことに何らかの技術的意義があることを示唆するような記載は存しない。
以上によれば、引用発明に上記周知技術を適用することには阻害要因があるというべきであるから、相違点3に係る「前記コア電線のみを巻くテープ部材」という構成の意義について検討するまでもなく、本件原出願日当時の当業者が、引用発明及び上記周知技術に基づいて、相違点3に係る本願発明の構成を容易に想到し得たものとはいえない。
かように、本件判決では、引用発明に周知技術を適用した本願発明の進歩性欠如の判断について、阻害要因を根拠として誤りであると判示されています。阻害要因は、発明の課題及びその解決手段に基づいて認定されています。
一般に、特許出願の拒絶理由では進歩性欠如が多く、進歩性欠如では引用発明への周知技術の適用によるものが多いかと存じます。かように多いケースにおいて、あきらめずに反論するため、本件判決のように、出願発明が解決する課題、及び引用発明が解決する課題を、それぞれの課題解決手段と共に検討し、引用発明に対する周知技術適用の阻害要因を検討することは、極めて有用であると存じます。又、発明の課題についても、なるべく特許出願の明細書等に、課題解決手段と共に記載しておくことが、課題を詳細に記載し過ぎて将来の権利範囲の実質的制限を過大にもたらすことに注意が必要であるものの、好ましいものと存じます。他方、仮に特許出願で真の課題が明確に記載できていなくても、意見書において、明細書に記載の課題解決手段からは当然に真の課題が把握される等として、真の課題に関する主張を行うことが考えられます。特許出願時に把握されていなかった引用発明が提示された場合に真の課題が事後的に分かることもあり得ます。
尚、本件判決の後、本件審決の取消により本件審判の手続が再開され、概ね本件判決の判示内容に沿って本願発明の進歩性を認める特許審決がなされて、本件特許出願は登録に至っております(特許第7136755号)。

