パテントコラム

2026年4月

【Topic.1】判例紹介:分割出願のサポート要件等が争われた「回転子積層鉄心の製造方法」事件知財高裁判決

特許無効審判請求に対する不成立審決について、無効審判請求人が取消しを求めた審決取消訴訟において、請求が棄却された事例として、「回転子積層鉄心の製造方法」事件知財高裁判決を、なるべく簡潔に紹介いたします。
本件の事件番号は、知的財産高等裁判所令和3年(行ケ)第10133号であり、判決は令和4年9月7日に言い渡されています。対象となった特許は、発明の名称を「回転子積層鉄心の製造方法」とする特許第5458082号です。本件は、特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、争点は、分割要件、実施可能要件、サポート要件及び明確性要件についての各判断の誤りの有無でした。

≪本件発明≫
本件発明1は、ごく簡単にいえば、回転子積層鉄心の磁石挿入孔に永久磁石を挿入し、樹脂を磁石挿入孔に注入して永久磁石を固定する、回転子積層鉄心の製造方法に関するものです。
本件発明1では、回転子積層鉄心の上下に上板部材及び下板部材を配置し、これらで回転子積層鉄心を上下から押圧して、樹脂ポット内の樹脂をプランジャで押し出して磁石挿入孔に充填する構成が規定されています。
一方、本件発明2では、本件発明1に加えて、複数の鉄心片がかしめ積層され、回転子積層鉄心の表面から突出するかしめ部が当接する側の上板部材又は下板部材に、かしめ部の逃げ空間を形成する構成が規定されています。
すなわち、本件発明1は、かしめ部及び逃げ空間を明示的に限定しない比較的広い構成であり、本件発明2において、かしめ部及び逃げ空間に関する構成が付加されているものといえます。

≪争点の概要≫
原告は、最初の親出願の明細書等には、回転子積層鉄心がかしめで積層されていることから生じる特有の課題を解決するために、上板部材又は下板部材がかしめ部の逃げ空間を備える構成、すなわち「かしめ部・逃げ空間あり構成」のみが開示されていたと主張しました。
そして、本件発明は、少なくとも、回転子積層鉄心がかしめで積層されていない構成や、上板部材及び下板部材がかしめ部の逃げ空間を備えない構成を含むものであるから、新たな技術的事項を追加するものであり、分割要件を満たさない、という趣旨の主張をしました。
また、サポート要件についても、原告は、本件明細書から理解できる課題は、かしめ突起がある回転子積層鉄心に磁石を樹脂封止する際に、押圧プレートとかしめ突起により隙間ができ、樹脂漏れが発生することに限られる旨を主張しました。そして、その課題に対する解決手段としては、かしめ部の逃げ空間を設ける構成しか認識できないから、かしめ部なし構成や逃げ空間なし構成を含む本件発明1は、サポート要件を満たさない、という趣旨の主張をしました。

≪本件判決の要点≫
まず、分割要件について、本件判決は、最初の親出願の明細書等の記載及び技術常識を検討した上で、本件発明1は、最初の親出願の明細書等に記載されていたものと認められると判断しました。
この点について、本件判決では、最初の親出願の明細書中、「発明が解決しようとする課題」等において、かしめ部・逃げ空間あり構成に係る事項が特に取り上げられて深く検討されているとしても、そのことから直ちに、最初の親出願の明細書等に記載された発明が、上記構成を含むものに限定されるものではない旨が判示されています。
そして、本件判決では、最初の親出願の明細書等には、回転子積層鉄心を上板部材と下板部材とで上下から押圧して、磁石挿入孔内に樹脂を注入する発明が記載されていると認定されています。さらに、回転子積層鉄心が複数枚の鉄心片をかしめ積層して形成したものである場合には、かしめ部が形成されるので、この場合には、かしめ部が突出する位置に逃げ空間を形成した上板部材と下板部材を用いて回転子積層鉄心を押圧することが示されている、と判断されています。
つまり、本件判決は、最初の親出願の明細書等には、回転子積層鉄心を上板部材と下板部材とで上下から押圧し、磁石挿入孔内に樹脂を注入する発明が記載されており、その上で、回転子積層鉄心がかしめ積層されたものである場合の問題点及びその対処として、かしめ部の逃げ空間に係る構成がさらに記載されている、という整理をしたものといえます。

次に、サポート要件について、本件判決は、本件明細書の記載を踏まえ、本件発明の課題を、段落【0005】に記載された「各鉄心片が積層されている回転子積層鉄心において、樹脂漏れのない磁石挿入孔への永久磁石の樹脂封止が可能な回転子積層鉄心の製造方法を提供すること」と解しました。
その上で、本件判決では、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記課題の解決に関し、上板部材及び下板部材とで回転子積層鉄心を上下から押圧して、各樹脂ポット内の樹脂をプランジャで押し出して、磁石挿入孔に充填するという構成が記載されていると判断されています。また、上板部材と下板部材を回転子積層鉄心の上面及び下面に密接させることができるので、磁石挿入孔を確実に上板部材及び下板部材が閉塞でき、樹脂漏れを防止できることが記載されているとも判示されています。
そして、本件判決では、当業者は、本件明細書における記載から、本件発明1の構成を採用することで上記課題を解決できると認識することができるとして、サポート要件違反が否定されています。
したがって、本件は、サポート要件違反が認められて特許が取り消された事案ではありません。むしろ、明細書に記載された課題及びその解決手段の解釈を通じて、サポート要件が肯定され、無効不成立審決が維持された事案です。

≪若干のコメント≫
本件判決は、進歩性判断の事例ではありません。しかし、分割要件及びサポート要件の判断において、明細書に記載された発明の課題及びその解決手段がどのように参酌されるかを示すものとして、興味深い事例であると存じます。
近時、進歩性の判断等においても、本願発明や引用発明の課題をどのように把握するかが重要となる場面が見られます。本件判決も、進歩性判断とは別の場面ではありますが、明細書に記載された課題が、特許要件や分割要件の判断において重要な意味を有し得ることを示すものといえます。
もっとも、本件では、課題等の記載が、特許権者に不利に働いて発明を過度に限定したものではありません。むしろ、本件判決では、明細書に記載された課題を把握した上で、その課題を解決できる構成が発明の詳細な説明に記載されているとして、サポート要件が肯定されています。この点は、課題及びその解決手段を明細書に適切に記載しておくことの有用性を示すものとして、実務上参考になるものと存じます。
他方で、明細書において特定の下位構成や具体的な課題を詳しく記載した場合、その記載ぶりによっては、後に発明の範囲を限定する方向に働く可能性もあります。したがって、明細書作成においては、具体的な課題及び実施形態を丁寧に記載しつつ、それらが発明の必須構成であるのか、好適な一態様であるのか、また、上位概念として把握される発明の芯がどこにあるのかを意識して記載することが重要であると考えられます。