パテントコラム

2026年5月

【Topic.1】子ども椅子 著作権認めず

(2026年4月25日 日本経済新聞)

今回は、4月25日の日経新聞で報じられた「子ども椅子 著作権認めず」という記事を取り上げ、知的財産の観点からコメントいたします。
記事で紹介されていたのは、幼児用椅子として世界的に知られる「TRIPP TRAPP(トリップトラップ)」を巡る著作権訴訟です。この事件では、椅子などの実用品のデザインについて著作権による保護が認められるかが争われました。
著作権法は本来、小説、絵画、音楽などの創作的表現を保護する制度です。そのため、量産品や実用品について著作権が認められるためには、単なる機能上の工夫ではなく、美術的な創作性が必要になります。その点、本件の椅子の特徴あるデザインは、座りやすさや安全性などの機能を実現するために採用されたものであり、芸術的なデザインとは捉えられませんでした。
私は、この判断は知的財産制度全体の整合性や産業政策上の観点から、極めて妥当なものであると捉えています。
現在、意匠権の存続期間は出願日から25年です。一方、著作権は登録を必要とせず、著作者の死後70年まで存続します。もし量産品のデザインについて広く著作権が認められるのであれば、費用と手間をかけて意匠出願を行う必要性が低下します。意匠権より著作権の方が保護期間も長く、はるかに有利だからです。その結果、「意匠登録を受けるよりも著作権に頼った方が得だ」という状況が生じかねず、意匠制度の存在意義が大きく損なわれてしまいます。
しかし、量産品の保護を著作権に広く委ねることは、産業の健全な発達という観点からも望ましいとはいえません。意匠権であれば登録内容を公報で確認することができますが、著作権は創作と同時に発生する権利であり、世界のどこにどのような権利が存在するのかを事前に把握することが困難です。もし量産品のデザインに著作権による保護が広く認められるようになれば、メーカーは新製品を開発するたびに、世界のどこかに存在する未知の著作権を侵害していないかを心配しなければならず、企業の挑戦や新商品開発を萎縮させるおそれがあります。したがって、量産品として市場に流通する実用品のデザインは意匠権により保護し、誰の目から見ても明らかに芸術的な表現であるような例外的な場合だけを著作権で保護した方が、制度全体のバランスにかなうのではないかと感じています。
優れた商品デザインについては、まず意匠権によって一定期間デザインを独占し、その間に商品形状そのものに識別力を蓄積させることが重要です。そして、十分な識別力が獲得された段階で立体商標による半永久的な保護を目指すという流れこそが、知的財産制度が予定している長期的な知財戦略であるように思います。今回の記事は、意匠権、著作権、立体商標という各制度の役割分担について改めて考えさせられる話題でした。