パテントコラム

2026年7月

【Topic.1】パソコンを再発明

(2026年6月2日 日本経済新聞)

米エヌビディアは、人工知能(AI)パソコン向けの新たな半導体「NVIDIA RTX Spark」を発表しました。この半導体は、同社が開発する画像処理半導体(GPU)「ブラックウェル」と、CPU(中央演算処理装置)「グレース」とを接続したものであり、英半導体アームの回路技術を利用し、台湾の聯発科技(メディアテック)と協力して設計されています。
現在、多くのAIサービスでは、クラウド上でAI処理が行われ、パソコンではその結果を受け取る仕組みが採用されています。これに対し、今回の半導体を搭載するノートパソコンでは、動画生成等のAI処理をクラウド側ではなく端末側で行うことができ、最大1200億のパラメータを有する大規模言語モデルを動作させることができるとされています。
また、米アドビは、デザインソフト「フォトショップ」等をエヌビディアの半導体向けに再設計しており、AIや描画処理は2倍速くなるとのことです。この半導体を搭載したノートパソコンは、2026年秋から米デル・テクノロジーズや米HP等のメーカーから発売される見通しです(日本経済新聞 2026年6月2日)。

今回発表された半導体は、これまで主にクラウド上で行われていた高度なAI処理を、個人が使用するパソコン上でも行えるようにする点に特徴があります。AI処理を端末側で行う、いわゆるオンデバイスAIが普及すれば、クラウドとの間で大量のデータを送受信する必要が少なくなり、通信環境に左右されにくくなるとともに、処理速度の向上も期待できます。
また、企業の機密情報や個人情報を外部のサーバに送信することなく端末内で処理できることは、情報管理の面でも大きな利点になると思われます。特に、技術資料、顧客情報、研究開発データなどの機密性の高い情報をAIで処理する場合、データを外部に送信すること自体が情報漏えいのリスクとなり得るため、端末内で処理を完結できることには意義があります。
知的財産の観点からは、AI処理の中心がクラウドから個人端末にも広がることで、半導体自体の構造だけでなく、AIモデルを効率的に動作させるための演算方法やメモリ制御、消費電力の低減、端末上でのAI処理など、多様な技術について、特許取得の重要性が一層高まると思われます。
上記の記事に記載されているように、米アドビが「フォトショップ」等を当該半導体向けに再設計することによってAIや描画処理が2倍速くなるとされていることからも、半導体自体の性能だけでなく、半導体の特性を生かすようにソフトウェアを最適化する技術が、製品の競争力を左右することが分かります。
そして、半導体メーカーとソフトウェア企業が連携して製品やサービスを開発する場合には、各社が保有する知的財産権の取扱いと、学習済みモデルやノウハウ等の技術情報の利用条件を、それぞれ明確にしておくことが重要です。また、共同開発によって生じた発明や改良技術について、いずれの企業が権利を取得するのか、又は共同で権利を取得するのか、さらに、各企業がどの範囲で利用できるのかについても、開発を開始する段階において契約により定めておく必要があると思われます。
一方、例えば端末上でAIを動作させるための処理方法や、半導体とソフトウェアを連携させる技術について特許を取得しても、実際の製品内部でどのような処理が行われているかを外部から確認することは容易ではありません。製品の外観や通常の操作だけでは、特許発明が使用されているか判断できない場合もあります。
そのため、このような技術について特許を取得する際には、半導体内部の演算手順そのものだけに着目するのではなく、利用者が入力したデータや指示に対してどのような処理結果が画面表示その他の形で外部に出力されるか、また、その処理に要する時間や通信の有無等も考慮し、発明をどのようにクレームで規定するかを検討することが重要になると思われます。
ファンCEOは、今回の発表について「AI時代において40年ぶりにPCを再発明する。これは新しいパーソナルコンピューティング革命の幕開けだ」と述べています。
今後、AIを端末上で利用することが一般的になれば、パソコンの利用方法だけでなく、半導体、ソフトウェア及びAIモデルに関する技術開発や知的財産戦略にも、大きな変化が生じる可能性があると思います。